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2008年06月05日

原爆ドームについて

ほんとに悲しい歴史が眠っている町なんですね。

原爆ドームは原子爆弾の惨禍を示すシンボルとして知られるようになったが、一方では「悲惨な戦争を思い出すので撤去すべき」などの意見もあり、その存廃が議論されてきた。広島市は経済的に負担が掛かるなどの理由で原爆ドーム保存には消極的だった。しかし、1960年に被爆が原因と見られる急性白血病で亡くなった1人の女子高校生が「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、おそるべき原爆のことを後世に訴えかけてくれるだろう」と記した日記を読み感動した平和運動家の河本一郎が中心となって保存を求める運動が始まり、1966年広島市議会が永久保存することを決議、その後風化を防ぐため定期的に補修工事が行われながら保存されている。1995年史跡に指定され、さらに翌1996年12月5日には、ユネスコの世界遺産(文化遺産)への登録が決定された。最近では立ち入り禁止区域に入っての落書きなども問題になっている。

また、2004年以降、原爆ドームの保存方針を検討する「平和記念施設あり方懇談会」が開催され、博物館に移設する、屋根をつける、などの議論も出たが、2006年に今後も原状のまま保存する方針が確認された。


世界遺産への登録

経緯
原爆ドームの登録審議は、1996年に開催された世界遺産審査委員会で行われた。このときアメリカ合衆国は、原爆ドームの登録に強く反対。調査報告書から、世界で初めて使用された核兵器との文字を削除させた。また、中華人民共和国も、日本の戦争への反省が足りないとして、棄権に回った。


登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
鶯谷 デリヘル
品川 デリヘル

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